空亡持ちと吉神持ち
暦は規則正しく九星と60干支を巡っていくので、誰にでもいい星が巡るときもあればそうでないときもあるわけで
それが暦上ではなく、自分の命式つまり生年月日にいい星とそうでない星がある人というのも存在するわけです。
命式が空亡だらけだったり、よろしくない星が並んでいたり、
はたまたこの人どういう前世?どんないい行いしてきたの?的な吉神そろいの命式だったりする人もいます。
しかし早まることなかれ。
わたしが今までみてきた方たちの中には当然上記のようにあまりよくない命式の人もいれば、吉神だらけの人もおりました。
が、命式の通りではないなと思います。
特に気学では吉方とりとか家相など、開運アクションがあるのでそちらにばかり目がいってしまうのですが、本人の行いも大きいなーと思うのは、
命式に四大空亡や月柱空亡などがあっても非常に努力家で社会的地位も確立されている(それも自力で)、加えて人格者という方が多いのです。
これは、生まれつき普通といいますか、それよりよくない運勢というのを無意識にでも自覚して、それがデフォルトだから頑張ろう!という、デフォルトが努力家になっているからかなと思います。
特に幸運でもない、家も普通、俺の人生たいしたことないなどと横道にそれることなく淡々と努力して、今の地位と人脈を確立してるなーという方が多いです。
こういう方ってよくない星持ってます、大変だったでしょと言ってもああそうなんですかふーん、で終わるんですね。淡々と不遇を受け入れている方が多いです。
そう、自分の持っている星の良しあしに、過剰に反応しないんです。
逆に吉神ばかりの人は、何だかわからないけど普通にしてたらうまくいく(それすら気づいていない場合もある)、だからこのままでいいや的な、慢心していて今で満足という方が多いような。
このような現実をみていると、
命式は生年月日で決まるので変えられなくとも、後天的な運というのは変えられるんだなと日々思っております。
良くない星を持ってるわね、とか
あなた幸運星持ってるわ!
だけでは人の幸不幸は決まらないなーと、日々みていて思います。
大事なのは、
いい星を持っていてもおごらないこと。
悪いところをあきらめの材料にしないこと。
よくても悪くても横道にそれず努力すること。
方位や家相、時期をみるのも大事なんですが、それだけじゃないんだなーという話でした。